著者名: | 西尾秀樹 著 |
ISBN: | 978-4-425-77831-7 |
発行年月日: | 2025/7/18 |
サイズ/頁数: | 四六判 264頁 |
在庫状況: | 予約 |
価格 | ¥1,980円(税込) |
気象状況の確認やダイバート(目的地空港変更)、引き返しなど、航空会社はどのように検討・決定するのか。大雪や台風などの悪天候、東日本大震災のような災害から乗客搭乗遅延など、航空機の運航を支えるオペレーション・コントロール・センター(OCC)では、どのように対応しているのか。航空運航指令室=OCCの業務内容から意思決定のプロセスまで、実際の事例をあげながらわかりやすく解説する。
【はじめに】
2024年1月3日20時、筆者は東京国際空港(羽田空港)第1ターミナル12番ゲート前の待合席に座っていた。乗ろうとしているJL527・18時30分羽田発新千歳行きは、すでに20時40分発予定と2時間以上の遅延が表示されている。ただ、目の前のスポットにこの便に繋がるはずの到着機の姿はない。さらに大きく遅れるのは必至だ。使用予定機材はエアバスA350―900。前日2日にここ羽田空港のC滑走路上で海上保安庁機との衝突で焼失した機体と同型機だ。虎の子の大型機材を1機失ったうえ、メインのC滑走路が使用不能で羽田空港離発着の全便が大幅遅延。この突然の事態に直面したJAL の統合運航集中管理センター(IOC:Integrated Operations Control)の混乱と苦闘ぶりが、筆者には容易に想像がついた。
1月2日18時47分の事故発生後、羽田空港は21時30分まで全滑走路閉鎖。羽田空港に向けて運航中の便は成田国際空港や中部国際空港(名古屋空港)へのダイバート(目的地変更)や出発空港への引き返しを余儀なくされた。2日の羽田便は事故発生以降全便欠航。翌3日は三が日の最終日で羽田空港に向けた各地からの上り便は全便満席。各地に散らばってしまった機材と運航・客室乗務員をどのように組み合わせ、どの便を活かしどの便をやむなく欠航とするか。メインの滑走路が使えず時を経るにつれて遅延が増幅する羽田離発着便への対処はどうするか。一番長いC滑走路から離陸しないと目的地まで届かない欧米行き長距離国際線の扱いはどうするか。
12番ゲートの周りには大勢のお客さまの疲れた顔が集まる。その目の前でゲート担当の女性旅客スタッフが、お詫びとともにJL527の出発がさらに1時間以上遅れ、21時55分となることをアナウンスする。悲痛な面持ちの彼女と、目には見えない本社ビル内のIOCのスタッフたちに向けて、筆者は「がんばれ!」と心の中でエールを送り続けていた。
筆者は1984年に日本航空に入社以来、ほぼ一貫して航空機の運航に携わるオペレーション部門で業務にあたってきた。入社後約15年間は運航管理者(ディスパッチャー)として主に現場第一線で勤務。その後現場を支援する事務方に回り、2001年以降はJAS(日本エアシステム)との合併計画に伴い、両社のオペレーション部門を統合して集中管理を行うOCC(Operations Control Center、現在のIOCの前身)の設立準備に携わった。
2004 年4月のJAL/JAS 統合とOCC の立ち上げを見届けたあと、一旦間接部門に約5年身を置いたが、2009 年から再びOCC に復帰。以降2018 年までの9年間は、24 時間体制で現場を統括するミッションディレクター(後述)やOCCセンター長としてJAL の運航を見守ってきた。その後JALが支援するLCC(ローコストキャリア)の春秋航空日本(現スプリング・ジャパン)に移ったが、そこでもOCCを立ち上げる役割を担うこととなった。航空会社のオペレーションをさまざまな角度から見つめ、考え続けてきた月日が、そのまま筆者の会社人生だった。
コロナ禍を経て以前ほど人気職種ではなくなった感はあるものの、航空の世界で花形の仕事はやはりパイロットや客室乗務員であり、利用客の目に触れる空港のグランドスタッフや航空整備士だろう。1月2日の羽田空港での事故でも乗客乗員378人が全員脱出できたのは、乗務していた乗員たちの的確な判断とみごとな連携プレーによるもの。その後大きく報道され、再びこの仕事に世間の耳目が集まるきっかけともなった。
一方、航空機の運航を支えるオペレーション部門は舞台裏の職場だ。そこで働く者たちの姿は利用客からは見えない。社外はもちろん、社内でも普段はあまり注目されることはない。この職場の存在が意識されるのは、大きなイレギュラーが発生したとき。航空会社にとって、オペレーション部門が目立つことはよろしくない状態なのだ。
では、そのイレギュラーはまれにしか起こらないのかというとそんなことはない。筆者がOCCに在籍していた2010年代でも、JALでは国内国際合わせて1日約750もの便が運航していた。365日24時間、世界中のどこかで常に何十機もが空中にいる状態である。これだけの便が飛んでいると、まったく何も起こらないという日はまずない。悪天候などあらかじめ構えられる事態は無論のこと、突発的に起こるイレギュラーに対しても瞬時に状況判断し対応策を決めて実行、何事もなかったかのように平時の状態に戻す。これが航空会社のオペレーションを集中管理するOCCの仕事だ。
冒頭で例に挙げた、羽田空港での航空機衝突事故後の数日間にわたる大量の欠航便、遅延便の発生。東日本大震災のような大地震や台風などの自然災害。こうした大きなイレギュラー発生時はもちろん、日常の運航でも発生するさまざまなイレギュラーに対し、オペレーション部門ではどのように対応しているのか。これまであまり外に向けて語られてこなかったそこでの業務内容や意思決定のプロセスについて、できるだけ平易な言葉でわかりやすく紹介することで、航空会社オペレーションへの理解を深めていただきたい、というのが本書の目的である。
本書を通じて、航空機に搭乗いただくお客さまの安全安心を陰ながら支えているオペレーション部門スタッフの奮闘ぶりにも、ほんの少しでも関心を寄せていただければ、これにすぐる喜びはない。
2025年5月
西尾秀樹
【目次】
その時、OCCは─序章にかえて
緊急! シベリア上空の引き返し
エンジンに異変発生
再出発までの動き
飛行中に前輪の空気圧がゼロ!?
前輪タイヤのパンクが発覚
対策会議と原因究明
OCCはオペレーションの司令塔
オペレーション部門の知られざる仕事ぶり
第1章 航空会社のオペレーション
1.1 航空機を飛ばすためには
1.2 航空機を飛ばすために必要な各リソースの特性
1.3 航空会社の運航ダイヤはリソース次第
1.4 航空会社のオペレーションとは
第2章 オペレーションの3要素「点・線・面」
2.1 点・線・面
2.2 点 = ステーションオペレーション(空港)
2.3 線 = フライトオペレーション(運航管理)
2.4 面 = オペレーションコントロール(スケジュール統制)
第3章 オペレーション・コントロール・センター(OCC)
3.1 OCC に求められる役割
3.2 JALのOCC ができるまで
第4章 OCCに参集する機能
4.1 運航管理
4.2 スケジュール統制
4.3 機材運用(メンテナンスコントロール)
4.4 乗員スケジュール(リエゾン)
4.5 クルーサポート
4.6 情報統括サポート
4.7 ロードコントロール
4.8 ミッション・ディレクター(MD)
コラム1 LCCのOCC
第5章 航空会社のオペレーションの実際
5.1 目的地変更(ダイバート)
5.2 上空待機(ホールディング)
5.3 代替空港が突然使用不能となったら
5.4 機材繰り
5.5 機材故障
5.6 カーフュー(空港の門限)との戦い
5.7 フローコントロール(管制による交通流制御)
5.8 タンカリング
コラム2「推し活」には要注意?
第6章 OCCの意外なかかわり
6.1 「条件付き運航」にまつわる内輪の話
6.2 貨物も大切、と解ってはいますが
6.3 機内食をめぐるOCCの葛藤
6.4 機内Wi-Fi
コラム3 警察からの妙な問合せ
第7章 悪天候との対峙(その1)
7.1 霧への対応
7.2 乱気流(タービュランス)は目に見えない大敵
7.3 雷様はやはりこわい
7.4 桜島との正しい付き合い方(火山灰への対応)
第8章 悪天候との対峙(その2)
8.1 航空機は横風が苦手(成田空港の南西強風)
8.2 台風対策は日本の航空会社の宿命!?
8.3 雪も航空機には厄介者
第9章 OCCの危機管理
9.1 OCCは危機管理対応の出発点
9.2 東日本大震災への対応
9.3 アイスランド火山噴火で欧州線全面運航停止
9.4 北朝鮮のミサイル発射
コラム4 問答無用のエアフォース・ワン
9.5 OCCの危機管理—タイムラインの考え方
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