『水草の疑問50』【陸から水中に戻った『植物界のクジラ』の生きる道】

前回は「海藻」についてご紹介しましたので、今回は「水草」についての書籍をご紹介しようと思います。海藻は海で生まれた植物の祖先が水中で進化したものですが、水草は一旦陸上に上がった植物が水中で暮らすように進化した仲間です。植物における海藻が魚だとしたら、水草はイルカやクジラのようなものだといえます(ここ数回のブログを追ってくださった方には、このたとえがピンとくるのではないでしょうか?)。

一旦陸で進化した植物が、その過程で再び水中に戻る。一体何があったのでしょう?空気はなくて平気なの?どうやって増えるの?水草は海にも生えるの?様々な疑問が芽生えます。アクアリウム等で水草に親しんでいる方もいるでしょうし、もしかしたらあなたの家の家紋は水草モチーフかもしれません。モネの絵にも見るように、人間の生活と水草は、昔から色々なところでつながっているのです。

本書『水草の疑問50』は、水草に関する素朴な疑問から。趣味や衣食住における利用法や、その生態や保護に至るまで、水草の世界を広く知るためのQ&Aをまとめた書籍です。

【水草の基本】

『水草は植物界のクジラ:でも祖先はバラバラ?』

水草を定義すると、「陸上から水中へ逆戻りの進化をした植物で、一定期間葉や茎の一部が水中にあるか、または水中に浮いている植物」となります。この「逆戻りの進化」こそ、水草の一番大きな特徴です。

生命は水中で誕生しました。植物も例外ではなく、約12億年前に水中で誕生し、5億年ほど前に陸上へ進出するグループが現れました。この後コケ植物、シダ植物、種子植物が誕生しました。進化の大きな流れは水中→陸上が基本ですが、この大きな流れに逆らって、一度陸上に上がったものの、水中に逆戻りするものが現れました。哺乳類ではクジラ・イルカ、植物では水草です。水草は「植物界のクジラ」なのです。最初の水草は、約1億9000万年前に誕生したとみられています。

ずっと水中で生活し進化してきた藻類は、この点で水草とはまったく違う植物です。

さて、陸から水中に戻った植物たちは、すべて同じ祖先を持つのでしょうか?実はそうではありません。水草は様々な陸上植物のグループの中から、水中へ進出する進化が何回も起こって誕生した植物の総称なのです。水中に入った結果見た目が似たとしても、まったく違う先祖を持つ水草は少なくありません。驚くべきことに、この水中への進化(=水草の誕生)は200回以上起こっています。

なお、現在地球上に存在する水草はおよそ2800種、陸上植物のわずか0.8%です。「およそ」となるのは、「一定期間水中に浸かっている」という条件に揺らぎがあり、「水草」と定義しきれない場合があるためです。

『水中で生きる秘訣:陸上植物との違い』

水草の体はどこが陸上の植物と違うのでしょうか?植物が生きていくのに必要な光合成を行うための条件は、光、水、二酸化炭素です。光と水に関しては、水中でも問題ありません。ということは、呼吸に秘密がありそうです。陸上の植物は葉の裏側の気孔という取り入れ口から二酸化炭素や酸素を、根から酸素と栄養を取り込んでいます。水中ではこの気孔が水でふさがるため、陸上植物は生きていくことができません。

水草は「葉や茎の一部」または「全部」が水中にあるので、生活形態によって二酸化炭素の取り込み方法が違います。体半分や葉の表側が水上に出ている「注水植物」や「浮葉植物」は、葉の気孔で呼吸します。しかし全体が水中にある「沈水植物」は、それらとはまったく違った空気の取り込み方をします。葉の表皮細胞から直接水中に溶け込んだ二酸化炭素と養分を直接吸収することができるのです。よって、沈水植物の葉にはほとんど気孔がありません。

【水草の生態】

『水草の生活様式:浸かったり浮いたり沈んだり』

水草には様々な生活様式がありますが、大きく4つの生活形に分かれます。

  • 虫垂植物:根を水中の地中に伸ばして固着し、茎や葉が水上に出ている。花は水上で咲かせる。ハス等。
  • 浮葉植物:根や茎を水底の地中に伸ばして固着し、水面に葉を浮かべて生育する。気孔は葉の表側に多い。花は水上で咲かせる。スイレン等。
  • 沈水植物:根や茎を水底の地中に伸ばして固着し、植物体のすべてが水中にある。水中に溶け込んだ二酸化炭素や栄養素を直接取り込む。花は水上または水中で咲かせえる。バイカモ等。乾燥すると生きていけない。
  • 浮遊植物:根が水中に固着せず、水面または水中を漂うもの。水面に浮かんで葉を空気中に出し、根を水中に垂らしているもの(水面浮遊植物:ウキクサ等)と、根を出さずに水中で漂っているもの(沈水浮遊植物:ムジナモ等)がある。

『水草たちの葉、根、花』

水草の中には、生育環境に応じて大きく生活形を変化させるものがあります。水深に合わせて葉の形態を浮葉、抽水葉、沈水葉と変えるもの(異形葉性)、水が多い時期は水中で、少ない時期は抽水で過ごすようにするものなどです。水中生活への適応は根や芽にもみられ、茎から根が出る「不定根」や、根や茎から芽が出る「不定芽」があります。

コケ植物とシダ植物以外の水草は花を咲かせますが、その形態は様々です。花粉は水に弱いので、虫媒花・風媒花は花を水上に出します。花の中に水が入らないよう、特別な浮葉で支えたり、外側の花弁が水を弾くようにできていたりといった工夫があります。

水を媒介に花粉を運んでもらう水草には、雄花を水面に漂わせ花粉を雌花のくぼみで受けるものや、粘液を帯びた花粉を水中に放出し、めしべにひっかけるものなどがあります。これらの種類の花粉は水に強くできていますが、その秘密は解明されていません。また、花粉を外へ放出せず、自分の体の中を移動させて受粉するものもあります。

水草は陸上植物と違って、植物体そのものが移動することもできます。一部がちぎれて水流に乗って移動した先で根付くものや、鳥の足などについて別の場所に運ばれるものがあります。種子は水に乗って運ばれたり、鳥によって運ばれたりします。

『水草たちの秋と冬:紅葉と越冬』

水草にも、紅葉や黄葉する種類があります。水草の紅葉で知られる名所は、コロンビアのセラニア・デ・マカレナのキャノ・クリスタルという川です。水草の紅葉が作り上げるコントラストが絶景を作り上げ、「五色の川」と呼ばれています。

水草にも一年草や越年草、多年草があります。冬越しは様々で、種子や胞子の状態で、または殖芽という越冬のための特殊な器官を作ることで冬を乗り切る種類もあります。有名なのは地下茎で冬越しするクワイやレンコンですね。

『「海草」の読みは「かいそう?」海の水草』

水草は海にもいますが少数派です。海草は陸上植物が水中に戻った水草の中から、さらに淡水→海水へ移動したものだからです。海では塩分や波を克服しなければならないので、海草となった種類は4科11属49種だけです。細胞膜を特殊なものにして塩分に耐えたり、地下茎を水平に伸ばしたりして、海草は海の環境に適応しました。海草はあまり移動しませんが、中にはアマモのように海流に乗って分布を広げたことが判明している種もあります。

【水草の環境・減少する水草】

『水草は絶滅危惧種?』

実は水草全体の約43%が絶滅に瀕しています。主な原因は、人間の活動です。水草を絶滅に追い込む水質汚濁の最も大きな原因は、生活排水や農作物への肥料の増加による水の富栄養化です。富栄養化が著しいと植物プランクトンが爆発的に増殖し、「アオコ」と呼ばれる状態になります。これが進行すれば魚などの水中生物も暮らせない様態になってしまいます。

水質汚濁以外の原因では、湿地の埋め立てや河川の護岸等の開発、水田の乾田化などがあります。また、人の手によって整備されてきた里山や湿地においては、「人の手が入らなくなったこと」で環境が変わり、水草が生息できなくなっていった場所もあります。

中には増えている水草もありますが、ほとんどが外来種です。ホテイアオイやボタンウキクサが有名ですね。こうした外来種の流出元として、ビオトープやアクアリウムが考えられます。水草の一部はちぎれた状態からでも再生できるので、不用意な廃棄の仕方をすると自然環境下で増えてしまうのです。

減りつつある在来種の水草に関しては、自然絶滅種の野生復帰プロジェクトや、地元企業や関係団体、市民が共同することによって在来種が生息できる環境を保全する試み等があります。多くの人々の協力が必要で、時間も費用もかかるものです。また生物多様性や生活史の理解も必要で、一筋縄でいくものではありませんが、一部増加傾向にある在来種も出てきています。

【水草を利用する】

『水草を食べる』

セリやジュンサイ、ヒシなどの水草は、古くから食用として用いられてきました。ヒシは尖った殻で包まれた実を食べます。レンコンやクワイは地下茎を食べます。変わったものでは、中国の「マコモタケ」があります。抽水植物のマコモに食用となる菌類(黒穂菌)の一種を寄生させて肥大させたものです。タケノコに似た味がします。

『水草に住む』

日本人に身近な「畳」の原料イグサは、抽水植物です。また南米のチチカカ湖に暮らすウル族の人々は、湖に大量に生えているトトラという水草を刈り取り、乾燥させて浮島を作ります。その上にトトラで葺いた家を建て、トトラで作った船で湖を移動します。このトトラは食料や飼料としても利用されているそうです。

『その他の利用』

古代エジプトのパピルスのように紙にしたり、水草の繊維を編んで丈夫な布としたり、変わったところでは乾したものを便所紙として使ったという記録もあるそうです。また芸術面では、楽器のリードなどに使われています。

『他人の空似?水草の見分け方』

ハスとスイレンの見分け方はご存じですか?この二つは似ていますが、まったく別の植物です。ハスはヤマモガシ目ハス科ハス属に分類されています。ヤマモガシ目の仲間にはマカダミア(ナッツ)や街路樹のプラタナスなどがあります。一方スイレンはスイレン目スイレン科スイレン属に属する植物の総称で、「スイレン」という種は存在しません。

見分け方は「ハスの葉には切れ込みがなく、スイレンの葉には切れ込みがある」「ハスの葉には水玉ができるが、スイレンの葉にはできない」「ハスの花托は目立つが、スイレンの花托は見えにくい」「ハスにはレンコンがある」です。

『水草を育てる:グラスからビオトープまで』

水草を簡単に育てようと思ったら、グラスで育てることもできます。容器とピンセットと用土、二酸化炭素の添加なしに育てられる水草を選び、水を張って直射日光の当たらない窓際に置きます。あとは適切な水替えと温度管理、施肥を行えばよいのです。庭の水鉢や池でスイレンや小型のハスなども楽しめますが、屋外の場合はボウフラなどの害虫対策も必要です。

大がかりなものでは、野生生物が暮らす環境を生態系まるごと作り出すビオトープがあります。最終的には自然環境の保全を目的とするビオトープは、環境保全の指標としての役割と、ビオトープ同士が連携することによる生物多様性の確保の2つの役割があります。ビオトープを作るためには、①地域調査、②生物種の選択、③経過観察、④維持管理、が必要です。

「水の中に生えている」のは同じでも、植物としての在り方が海藻とはまったく違う水草。思ったより私たちの生活に身近な水草は、年々生息地を狭めたり、外来種に脅かされたりしています。池やビオトープ、植物園等で水草に出会った際は、その生態に思いを馳せてみてください。生物多様性の維持には手間がかかりますが、その第一歩は「知ること」なのです。