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新幹線実現をめざした技術開発

世界初の高速鉄道である東海道新幹線。本書はそれを実現させた技術開発に焦点を当て、旧国鉄時代の記録や研究論文、専門誌の記事などを調査し、重要な役割を担った技術者たちの情熱や努力をたどったものである。コンピュータのない時代に実験装置を自作しながらも、世界に誇る高速鉄道技術を生み出した先人たちの発想や苦労を記した貴重な技術開発史である。 【まえがき】より 東海道新幹線は世界で初めての高速鉄道として、東京オリンピックが行われた1964(昭和39)年に開業しすでに50余年経ちました。 鉄道の新線建設はいつの時代でも大事業ですが、殊に東海道新幹線は、広軌新線に反対が多いなかでの、また鉄道斜陽論という逆風のなかでの建設決定、世界銀行借款を含む巨額の資金調達、鉄道の速度を飛躍させた技術開発、極めて短い期間での用地買収・建設工事・車両製造など多くの難関を克服して実現したものであります。 新幹線は……

新幹線開発百年史 東海道新幹線の礎を築いた運転技術者たち

東海道新幹線の歴史を在来線の発達から読み解く 2014年10月1日に開業50年を迎えた東海道新幹線。その新幹線の基盤ともいえる日本国有鉄道の百年以上にわたる歴史を解説した。明治時代にさかのぼる新幹線のルーツとそれを支えた運転技術者たちの試行錯誤の日々をお届けする。 ---------------------------------------------------------------------------------------------- 【お詫び】 本文中の写真提供者の名前が間違っておりました。 「誤」 杉本元六 「正」 杉本源六 ご本人並びに関係者の方々には大変ご迷惑をおかけしました。 この場を借りてお詫び申し上げます。 ----------------------------------------------------------……

東海道新幹線運転室の安全管理 200のトラブル事例との対峙

本書は開業以来、未だ運転事故のない東海道新幹線の運転士たちが体験した様々な出来事を、原因別に集めたトラブル事例集です。 世界一安全と言われた新幹線を支えた運転士の活躍をお届けします。 【はじめに】より 私は幼児期から鉄道が大好きで、齢を重ねても思いは色褪せることはなく、さらに憧れは膨らんでいき、湘南電車の電車運転士に憧れ続けていた。1957年5月30日、ヤマハホールで開催された鉄道技術研究所50周年記念講演会「東京〜大阪3時間の可能性」を聞きに行ったのが新幹線との初めての出会いである。 戦後の残り香りがまだ微かに漂っている1958年4月1日、夢に見た憧れの国鉄に就職、国鉄時代、当時栄光の運転畑一筋に歩み、人間関係にも運にも恵まれた。1962年11月14日武蔵小金井電車区で電車運転士を拝命し、真新しい電車運転士の腕章、マスコンキー、懐中時計を手にした時の概念はひとしおであった。 ……

復刻版 高速鉄道の研究ー主として東海道新幹線についてー

開業50周年を迎えた、世界に誇る東海道新幹線。当時の技術をまとめた貴重な文献を復刻。守り続けた『安全・正確・スピード』。その技術開発の原点がここに! 【発刊に寄せて】  東海道新幹線は本年2014年に開業50周年を迎えた。開業に先立つ1957年、鉄道総合技術研究所の前身である日本国有鉄道の鉄道技術研究所は、創立50周年を記念して、銀座山葉ホールで講演会「超特急列車 東京ー大阪間3時間への可能性」を開催した。この講演会が高速鉄道に関する社会の関心を高める契機となり、東海道新幹線の計画は一気に実現に向けて動き出した。当時は「これからは自動車と航空機の時代」といわれる鉄道斜陽の風潮であったが、開業した東海道新幹線は技術的にも営業的にも大成功を収め、「鉄道ルネサンス」とも呼ばれる世界的な高速鉄道ブームの先駆けとなった。  それから50年、新幹線は徐々に全国に路線網を拡げ、いまや基幹的交通……

弾丸列車計画ー東海道新幹線につなぐ革新の構想と技術ー 交通ブックス122

弾丸列車計画とは、戦前の「東京?下関間線路増設計画」のこと。その名の示すとおり、高速列車が走行する鉄道路線で、軌間を広軌としたため「広軌新幹線」とも呼ばれた。この計画は1940年に議会を通過し着工したものの、戦況の悪化により中断。しかしこの計画で高速鉄道の基本とな規格や仕様などが定められていたため、これがベースとなって延長500kmに及ぶ東海道新幹線をわずか5年で完成させることができた。また、弾丸列車計画にかかわった関係者たちが東海道新幹線実現の強力な推進役となり、実際に建設に参加した技師たちも少なくない。 本書は、新幹線誕生50年の今年(2014年)、集められた貴重な資料をもとに、この弾丸列車計画の全体像を要約している。 【はじめに】より 弾丸列車計画とは、戦前の東京・下関間線路増設計画のことです。その名が示すとおり高速列車が走行する鉄道路線です。この計画で軌間を広軌(当時は標……

新幹線×陸送 COMPLETE PHOTO BOOK

深夜の薄暗い夜道、仕事で疲れた体を引きずりながら、トボトボと家路を急ぐ。するとそこへ、すぐ脇の道路を新幹線が走りぬけていく。酔っ払っているわけでもないのに、いや、仕事の疲れで、夢か幻覚でも見たのか? 驚きのあまり携帯で写メを撮るタイミングさえも逃してしまう……。こんな驚愕の光景が、1か月に8日間ほど毎月のように繰り広げられていた豊川〜浜松市内。そう、新型新幹線N700 系の搬入のための輸送なのである。  本書は、約10 年間鉄道車両のトレーラによる輸送を追いかけ続けた著者による、おそらく日本初であろう、新幹線の陸送に焦点を当てた写真集です。愛知県豊川市の日本車輌製造株式会社から静岡県浜松市のJR 東海浜松工場への新幹線輸送に密着し、その魅力を余すところなくお伝えしていることと思う。皆さんも、本書を読みながら、新幹線の輸送を見学している気分を味わいつつ、豊川から浜松まで一緒に旅をしてみよう……

新幹線−高速大量輸送のしくみ− 交通ブックス109

ミニ新幹線誕生物語 交通ブックス113

山形及び秋田から東京までを結ぶミニ新幹線誕生の物語。在来線との直通運転や厳しい自然条件等の試練を乗り越えた技術者達の挑戦記。 【発刊に寄せて】より 80年代後半に入って、整備新幹線計画から外れた山形県では、既存のインフラを活用して、高速鉄道ネットワークに乗り入れようとの機運が盛り上がり、JR東日本とともに新幹線と在来線の直通事業を推進した。この結果、狭軌の在来線を標準軌に改築して、専用車両による直通運転を行うようになった。このようにして生まれた山形新幹線をはじめとする「ミニ新幹線」は、地方の発想で作られたものといえよう。画一的だった新幹線とは対照的に、駅や車両のデザインもその地域に根ざした個性ゆたかなものとなり、地方文化を東京へ送り込む役割を果たしている。 「ミニ新幹線」は画一的で異端を排除していた新幹線を、多様性を受け入れるものへと作り変え、新幹線の新たな可能性尾を開いた。す……
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