ズワイガニの漁業管理と世界市場


978-4-425-88621-0
著者名:東村玲子 著
ISBN:978-4-425-88621-0
発行年月日:2013/3/21
サイズ/頁数:A5判 286頁
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TAC(総漁獲可能量)による漁業管理が行われているズワイガニ。漁獲、加工、漁業管理など実態に基づき分析するとともに、その世界市場の構図を鳥瞰する。果たして、個別割当制度は機能するのか。海外事例の緻密な分析により検証する。

【はじめに】より 今日、世界における水産資源の利用は、ローカルとグローバルの両面を持って展開している。すなわち、海洋生物資源の多くは排他的経済水域(以下、EEZ:Exclusive Economic Zone)の設定により、沿岸国に囲い込まれてしまった。そして、沿岸国による資源の合理的利用、すなわち漁業の望ましいあり方が模索されている(ローカルな側面)。一方で、水産物は国家の境界を超えて流通するようになり、生産(漁獲)から国を超えた加工や消費といった世界的なフードシステムの視点で理解することが必要になっている(グローバルな側面)。
本書で紹介する一連の研究は、著者がカナダ大西洋岸で行ったズワイガニ漁業の実態調査から始まっている。著者はカナダ大西洋岸において1992年に決定されたタラ漁業モラトリアム(一時停止)が漁業者に与えた影響に興味を持ち、10年後の2002年にモラトリアムの影響が最も大きかった地域のひとつであるカナダ大西洋岸のニューファンドランド島(以下、NF島:Newfoundland)北端に位置するセント・アンソニー(St.Anthony)地区を訪れた。当地で目の当たりにしたのは、タラ漁業をすでに過去のものとし、代わって急速に発展したズワイガニ漁業に従事する漁業者であった。そこで、ズワイガニ漁業に視点を移し、当地にて2003年と2005年に漁業者に聞き取り調査を実施した。その後、ズワイガニを追いかけて、カナダ大西洋岸のみならず、米国アラスカ州のダッチ・ハーバー(Dutch Harbor)や中国煙台市にも渡り、ちょうど10年が経過した。
ズワイガニ漁業の実態を調べていくうちに、国によって漁業管理のしくみが異なることが明らかになった。本書では、総漁獲可能量(以下、TAC:Total Allowable Catch)とその一定割合を各漁業者に割り当てる個別割当(以下、IQ:Individual Quota)、IQを譲渡可能にした譲渡可能個別割当(以下、ITQ:Individual Transferable Quota)を軸に検討している。著者のおもなフィールドは、カナダ大西洋岸のニューファンドランド・アンド・ラブラドール州(以下、NFLD州:Newfoundland and Labrador)であるが、同州のズワイガニ漁業は、TACとIQにより管理されている。米国アラスカ州では、TACとITQ(当地の呼び名はIFQ:Individual Fishing Quota)による管理である。日本では、ズワイガニはTAC対象魚種となっているが、国のフォーマルな制度としてはIQやITQは導入されていない。
折しも2007年頃から、日本においてもTACに続いて、IQ・ITQの導入が議論の俎上に乗せられるようになった。しかし、著者には、どう考えても日本にIQ・ITQを導入する必要性はないように思えた。NFLD州の漁村と日本の漁村は一見、非常によく似ている。漁業者同士の関係は緊密で、漁業は父親や祖父、その前の世代から代々「家業」として受け継がれているものである。それでは、NFLD州において導入されているIQがなぜ日本になじまないとの印象を持ったか、それを明らかにする必要があった。
IQ・ITQの理論は、経済学的に洗練されたものである。そのためか、経済学の理論にありがちなことであるが、「前提条件」や「仮定」を(暗示的に)論理展開の隅々に置いている。しかし、この「前提条件」や「仮定」にあてはまらないところにこそ、それぞれの漁業の本質があるのではなかろうか。それを無視した漁業管理の理論は決して現実的なものにはなり得ない。
本書で対象とするズワイガニ漁業だけを見ても、カナダ大西洋岸、特に漁獲量を多く占めるNFLD州では1990年代に急成長した比較的新しい漁業であるし、米国アラスカ州では1990年代初頭の約15万トンから現在では2万トンレベルまで漁獲量が減少している。日本においては、1960年代の漁獲量から一度は減少し、現在は当時ほどではないにしても復調してきているが、それはTACによる漁業管理の成果というよりも漁業者による自主規制の効果の方が大きいとみられる。
さらに漁業管理制度が漁業者へ与える影響をはかるには、漁業をみるだけではまったく足りない。それを取り巻く社会のあり方(漁村の実態、漁村における漁業の位置づけなど)や所得に関する政策(雇用保険制度など)から生まれる漁業を取り巻くさまざまな制度にも目を向ける必要がある。また、NFLD州でもアラスカ州でもズワイガニは、まず加工に仕向けられるため、水産加工業も管理の対象となっている。このように漁業管理を論じるにあたっても、漁業だけを見ていたのでは、重要な論点を見逃してしまう。
著者の問題意識は常に聞き取り調査や乗船調査をメインとした漁業と漁村の実態把握から生まれており、それを基にいかなる条件においてTACやIQ・ITQによる資源や漁業の管理が実現可能でかつ有効であるか否かという問題意識を持っている。
さらに、カナダの加工業者兼輸出業者にも聞き取り調査を実施した。彼らにズワイガニのことをたずねると、必ずといってよいほど、‘World Market’という単語を聞くことになった。では、ズワイガニの‘World Market’とは何であろうか。この疑問を持ちながら調査を進めてきた。本書で「世界市場」という用語を用いているのは、こうした経緯による。
著者は「1996年」が、ズワイガニの「世界市場」の大きな転換期であったと考えている。この年にカナダのズワイガニ漁獲量が米国アラスカ州のズワイガニの漁獲量を超えて、カナダは文字どおり世界一のズワイガニ漁獲量を誇るようになった。その数年前からアラスカ州のズワイガニ漁獲量が激減したことにより、カナダ産のズワイガニへ世界市場の扉が開かれたのである。1996年は、それを象徴する年であると考えている。本書でのズワイガニの「世界市場」とは、生産地としてのカナダ大西洋岸、米国アラスカ州、日本、消費地としての日本と米国本土、そして再加工地の中国を指している。
ズワイガニの漁獲量も多く、また日本の最大の輸入元であるロシアを除いたのは、統計情報の信憑性が低く、さらに実態調査を行うことが不可能であるため学術的な分析に適さないと考えたからである。実際に、ロシアが大きなプレイヤーであることは否定できないが、後から見るように、少なくともカナダの加工業者兼輸出業者は、あまりロシアを意識していない。その理由はいろいろあろうが、ロシア産ズワイガニがカナダ産ズワイガニと競合しないと考えられていること、ロシアの情報があまりに少なく、かつ不正確なので「意識のしようがない」といったことが挙げられるだろう。後者については、本書がロシアを除いた理由とほぼ一致する。
このようにカナダ大西洋岸や米国アラスカ州で漁獲されたズワイガニは、「世界市場」に投入されて最終消費地へ向かっていく。本書が各国における漁業管理というローカルな視点と共に生産(漁獲)、加工、流通(輸出)をグローバルなフードシステム的な視点から論じていく理由はここにある。
本書では、第1章でズワイガニの世界市場の現状を概観し、また1990年代から現在までを動態的に分析する。そして、漁業管理のパートに入っていくが、第2章において、まず「漁業管理」の本書での定義づけを行った上で、TACやIQ・ITQの目標と課題を検討する。そして漁業管理の理論がいかに洗練されたものであっても、その実現可能性や実効性をはかるためには、実態調査とその分析をあわせて行わなければならないことを明らかにする。
第3章以降は、漁業管理の実態の一例として、おもにズワイガニを対象に論を進めていく。各地においてズワイガニ漁業は単にTACのみ、またはTACとIQやITQとの組合せのみで管理されているわけではない。他にもさまざまな漁業管理のルールが組み合わさって、それぞれの漁業管理制度を構成している。異なる漁業管理制度の下に、異なる漁業の実態がある。その実態を分析するのには、そうした漁業管理制度を採用するに至った経緯と運用の実態、他の種々の制度、漁業者を取り巻く環境(水産加工業や漁村社会)を合わせて分析しなければ、それぞれの漁業管理せいどの持つ本質の理解には意味がない。こうした視点で、TAC、IQ、ITQがうまく機能する条件、もしくは機能しない要因を明らかにしていくのが、漁業管理のパートの目的である。
第3章と第4章ではカナダ大西洋岸のズワイガニ漁業を扱う。まず、第3章でズワイガニ漁業の急成長とそれに対応していった辺境地の実態を明らかにする。第4章では、IQによる漁業管理の実態を分析することにより、IQ制が機能する条件を考察する。第5章では、かつてはカナダ大西洋岸の主要魚種であったタラの漁業管理の失敗を取り上げ、TACによる漁業管理の問題を明らかにする。これは、TACによる漁業管理を行っている日本において反面教師としての意味を持つ。
第6章は米国アラスカ州のズワイガニ漁業と加工業を取り上げ、TACとITQによる業業管理と合わせて、それが加工業の管理ともリンクしている実態を紹介する。さらに、ズワイガニの世界市場の一部にも触れる。第7章において日本のズワイガニの漁業管理を取り上げる。漁業者自身が漁業管理の一翼を担っているという極めて日本的な漁業管理が行われている点が、国や州の主導による漁業管理が行われているカナダ大西洋岸や米国アラスカ州と異なっている。
第8章以降は、「世界市場」のパートである。異なる漁業管理制度、そしてズワイガニ漁業を取り巻くそれぞれの環境の下で、ズワイガニ加工業者兼輸出業者がズワイガニの世界市場に対して、いかなる行動をとってきたか、その現実と論理を明らかにするのが、このパートの目的である。このため、第8章でカナダの加工業者兼輸出業者への聞き取り調査も含めて分析する。第9章では、中国を取り上げ、ズワイガニのフードシステムにおける国際分業の実態を明らかにする。
最後の第10章は、視野を広げて、漁業を取り巻く世界の状況を国連海洋法条約に絡めて検討する。
現在のNF島のズワイガニ漁業は、急成長から安定状態をすでに通り過ぎ、もしかしたら若干の陰りが見え始めているのかもしれない。2010年に同地にて再び実態調査を試みた著者は、もう漁業者に聞き取り調査を行えない現実に遭遇した。漁業者は、経営状況も以前より悪くなり、冬場の休漁期に出稼ぎに行く人も出てきて、それどころではなさそうに見えた。「景気の良い時は漁業者も調査に協力してくれる。しかし、今はもうそうではない。」そう実感した著者は、一連の調査に区切りをつけるべきだと考え、同時に本書を発刊する時機だと判断した。
この本を執筆しながら、近い将来、また漁業者が聞き取り調査に応じてくれるようになることを期待している。そして、それを本書の「続編」として世に送り出せることを心から祈っている。

2013年2月
東村玲子

【目次】
第1章 ズワイガニから見た世界
 1 ズワイガニの世界市場の現状
  1-1 世界のズワイガニの漁獲量
  1-2 世界のズワイガニの流通量
 2 ズワイガニの世界市場の変遷
  2-1 1996年-ズワイガニの世界市場の転換点
  2-2 ズワイガニ漁業の変遷
  2-3 ズワイガニの仕向先の変遷
 3 ズワイガニの世界市場の仕掛け人は日本
 4 ズワイガニの生産者

第2章 漁業管理の理論と漁業の実態
 1 「漁業管理」の定義
 2 資源の保存管理と漁業調整の目標
  2-1 資源の保存管理の目標
  2-2 漁業調整の目標
  2-3 漁業管理の目標の実態
 3 TACによる漁業管理
  3-1 TACの成功と失敗
  3-2 日本におけるTACの導入
 4 IQ・ITQ による漁業管理
 5 実態分析の意義

第3章 カナダ大西洋岸漁業の崩壊と成長
 -ニューファンドランド島セント・アンソニー地区を対象に-
 1 問題意識
 2 カナダ大西洋岸の漁業
 3 セント・アンソニー地区の漁業の変化
 4 漁業者数と漁船隻数の変化
 5 漁業種類と収入の変化
  5-1 現在の漁業種類と収入
  5-2 タラ資源崩壊以前の漁業種類と収入の変化
 6 タラ漁業モラトリアム時の活動
 7 参入と退出
 8 漁業者の認識
 9 タラ資源崩壊後のセント・アンソニー地区

第4章 カナダにおけるズワイガニ産業の展開とIQ管理  1 問題意識
 2 カナダ大西洋岸のズワイガニ漁業
  2-1 カナダ大西洋岸のズワイガニ漁業概観
  2-2 NFLD州のズワイガニ漁業の発展の過程
 3 NFLD 州におけるズワイガニの漁業管理
  3-1 ズワイガニの漁業管理制度
  3-2 ズワイガニ漁業のIQ
   3-3 ズワイガニ漁業の監視
 4 漁業者に選択の幅を持たせる新政策
 5 ズワイガニ漁業の実態
  5-1 ズワイガニ漁業管理の具体例
  5-2 ズワイガニ漁業乗船調査
 6 NFLD 州のズワイガニ加工業とその管理
 7 NFLD 州のズワイガニ漁業とIQ のメリットの条件
 8 将来に向けての課題
  8-1 ITQの導入
  8-2 漁業と水産加工業の連関からの課題

第5章 カナダにおけるTACによる漁業管理の諸問題  -タラ漁業を事例に-
 1 問題意識
 2 カナダ漁業の実態
  2-1 カナダの漁業概観と失業保険
  2-2 カナダ大西洋岸漁業
 3 タラ漁業管理の変遷
  3-1 200海里水域の設定
  3-2 1980年代前半の危機と半ば好況
  3-3 資源評価の相違
  3-4 資源評価の転換とTAC削減
 4 考察

第6章 アラスカにおけるズワイガニ産業とITQ制管理  1 問題意識
 2 合理化プログラム:漁業と加工業の管理のしくみ
 3 アラスカ州のズワイガニ漁業概観
 4 ダッチ・ハーバーにおける加工業の実態
  4-1 加工会社の概要
  4-2 ズワイガニ加工の実態
 5 合理化プログラムの効果
 6 日本市場と米国市場への対応
  6-1 日本市場への対応
  6-2 米国市場での消費実態
  6-3 ズワイガニの取引実態

第7章 日本におけるズワイガニ漁業とTAC 管理  1 問題意識
 2 日本におけるTAC 管理
  2-1 TACの導入と現状の概観
  2-2 TAC設定の手続き
   2-3 TACの期中改定
  2-4 TACの運用
 3 ズワイガニのTAC と漁獲量の推移
 4 日本海A海域の大臣管理分ズワイガニ漁業の動向
 5 日本海A海域の大臣管理分ズワイガニ漁業の管理
  5-1 日本海ズワイガニ特別委員会とTAC協定委員会
  5-2 漁期前のズワイガニTAC府県別配分
  5-3 期中のズワイガニTAC府県別再配分
  5-4 自主規制
 6 メスガニとミズガニの漁獲

第8章 カナダ産ズワイガニの世界市場への対応  1 問題意識
 2 カナダのズワイガニ漁業の概況
  2-1 カナダ大西洋岸ズワイガニ漁業の概観
  2-2 NB州のズワイガニ漁業の実態
 3 カナダ産ズワイガニの輸出
 4 日本市場と米国市場の特徴
 5 カナダ産ズワイガニの「種類」と用途
  5-1 カナダ産ズワイガニの「種類」
  5-2 「2種類のカニ」の仕向先と加工法
 6 ズワイガニ加工業・輸出業者
  6-1 NFLD州のズワイガニ加工業とその管理
  6-2 NB州のズワイガニ加工業
  6-3 ズワイガニ加工業者の実態
 7 産地間の競合関係
  7-1 カナダ国内での産地間の競合関係
  7-2 外国産地との競合関係

第9章 世界市場を支える国際分業
 -中国における委託加工を対象に-
 1 問題意識
 2 中国へのズワイガニ輸出の増加
 3 中国での再加工の実態
  3-1 契約形態
  3-2 A有限公司概要
  3-3 加工場内の様子
  3-4 A有限公司の課題と展望
 4 カナダ産とアラスカ産の関係

第10章 漁業を取り巻く世界
 1 はじめに
 2 EEZ
   2-1 沿岸国の資源の増大
  2-2 管理の枠組み
   2-3 多目的の開発ゾーン
   2-4 海洋科学・技術の問題
  2-5 EEZの境界線をめぐる紛争
 3 科学・技術
 4 人類の共同の遺産
 5 開発途上国
  5-1 利益の配分
  5-2 海洋調査・管理への参加
  5-3 技術の開発
 6 環境
 7 おわりに  
カテゴリー:水産 タグ:かに サカナ ズワイガニ 海水 海産物   魚介類 魚貝類 
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