『白鯨』とイッケー

こんにちは。ついこの間無事に23歳の誕生日を迎えられた池田素楓ことイッケーですよ~。

さてさて、今週も私の趣味の話にお付き合いくださいませ。前回も書いた通り私は読書が好きなのですが、今まで読んだ中で好きな本のことをお話ししようと思います。 

『白鯨』って?

オシャレな表紙です。

以前Twitterでご紹介した際「名前は聞いたことある!」と嬉しいお返事をいただきました。そう、読んだことはなくとも、あらゆる小説や映画、コミックやアニメーションでオマージュ・インスパイアされている『白鯨』。

クジラ捕りに憧れている若き男イシュメールが、巨大なクジラ“モビーディック”に足を食いちぎられ復讐に燃えるエイハブ船長の捕鯨船ピークォド号に乗り込んで…というお話。エイハブを苦々しく思っている一等航海士のスターバック(あのコーヒーチェーンの名前の元ネタのキャラクターです)や、人食い種族の銛手クィークェグ、黒人の銛手ダグー等、多種多様なキャラクターが登場します。当時(江戸時代末期)の日本もちらっとだけ言及されているんですよ。

最初読み始めたきっかけは「何となく」としか言えません。書店でたまたま目にしたから…でしょうかね。童話のような表紙が一際目を惹いたというのもあったかもしれません。

元々洋書はよく読む方なので、独特の文体も言い回しも気に入りました。また反捕鯨が世界の潮流になっていく中で、「これに命をかけていた人達がいた」ことを知れてよかったです。

キリスト教的な戒めのお話でもあります。

『白鯨』から感じたメッセージ

作者であるハーマン・メルヴィルは当然ながらもう亡くなられているので、この『白鯨』にどんな思いを込めたのかを聞くことは叶いません。しかし、少なくとも私がこの作品を何度も読む中で感じたことが二つあります。

「他者の負の感情に取り込まれないこと」

作中では白鯨モビーディックに何かを奪われ、復讐心を抱いているのはエイハブ船長ただ一人です。他の乗組員達は当初、モビーディックのことを何とも思っていませんでした。

しかし航海を続けていく中で、エイハブの怒りが彼らにも伝染していくのです。実際に白鯨に足を食いちぎられたわけでもないのに、船長と同じく白鯨に対して復讐心を抱くようになっていきます。

エイハブ船長がことあるごとに白鯨への憎悪を口にし、それに従い帆を進めていく中で、船長の怒りは皆の怒りとなってしまったわけです。

結末はみなさんご承知の通り、ピークォド号は沈没し、生き残ったのは語り部であるイシュメールだけでした。他人の怒りに取り込まれた者達の末路、ということなのでしょう。

たまに実生活でも目にするのですが、他人の怒りをさも自分の怒りであるかのように振る舞う人っていますよね。勿論共感することは大事なのですが、その他人の感情に飲まれてしまっては危険だと『白鯨』を読み返すたびに思うのです。

「自然に対して復讐しようとしないこと」

言うまでもなくモビーディックはクジラ(正確には老いたマッコウクジラ)ですが、ここでモビーディックを自然災害に置き換えてみましょう。竜巻でも、台風でも何でも良いのです。

台風に対して「お前に片足を奪われた!お前をどこまでも追いかけていって仕留めてやる!」と言っている人がいたら皆さんは何を思うでしょうか。

作中でスターバックは「モビーディックはあなたを捜していない」とエイハブに言い放っています。そう、モビーディックはそもそもピークォド号のことを追いかけていたわけでもなければ、「もう一回エイハブと対決したい」と思っていたわけでもありません。クジラですからね。

ここが一番好きなシーンです

自然災害というのはどうしても起こりうるものですので、被害を悲しみ、「防災対策で備えておこう」というのは良いのです。そうではなく「自然に仕返ししてやる」と思うのは筋違いだよ、ということを伝えたかったのではないかなと思うのです(ここら辺は2018年に公開された映画『GODZILLA 星を喰う者』でも軽く触れられていましたね)

『白鯨』は海洋冒険ものとして読んでも面白いかと思いますので、機会があれば是非読んでみてほしいです!感想を長々と語ってしまいましたが、好きなことを無尽蔵に語りたがるのがオタクの性ということでお許しください()

それでは、また来週お会いしましょう。

Til All Are One!』