月のはじまりは須賀神社のお参りから(2020年7月)

毎月、1日は神社でお朔日参り。会社近くの須賀神社へ朝、向かいます。雨の日は別の日になっちゃうけど、朝一の神社は人が少なく空気が澄んでいて、清々しい気持ちになります。今朝は雨上がりの青空のもと、爽やかな風とともに手を合わせてきました。

みなさん、こんにちは。
成山堂書店という専門書をつくっている会社の三代目(専務)の小川啓人です。
海に関すること(船、海洋、水産)、気象、飛行機、鉄道などの物流の専門書から、
深海魚、釣り、海の生き物などの趣味的な本までを発行しています。

神様を信じたい

大変な世の中。藁にもすがる思いで毎日が過ぎていく。上手くいったりいかなかったりの繰り返し。試行錯誤しながら実践しながら、何をやったら上手くいくのか試していくしかない。「これだ!」という正解はないから。正解だと思っても、次の日には失敗になっているかもしれない。だからこそ、勉強し考え実践していくしかない。それでも、毎日毎日不安との戦い。そんなときは「神様、お願いします」と願いたくなる。いや、実際には願っている。

毎朝、先祖の様に手を合わせ自宅の神棚に手を合わせ、「いつもありがとうございます。今日も1日よろしくお願いします」とつぶやいている。しかし神頼みだけでうまくいくわけでもなく、手を合わせることで心が落ち着き、行動に移せる。

毎月のお朔日参りもそんな感じ。会社の氏神様へ感謝の気持ちを伝え、これからの安全をお願いする。自分の気持を落ち着かせるためにも、手を合わせるということは大事なことだなと思う。

氏神様は心のよりどころ?

氏神様だけでなくとも、神社やお寺へ行くとなぜだか心が落ち着く。聖なるものが宿っているのか、緑が多いからなのか? 以前、旅行に行った際に友人が連れて行ってくれた神社も、不思議なパワーを感じた。何か心が落ち着かないときに沈めてくれるのだろうか。それとも、落ち着いた心だからパワーがすっと入ってくるのか? いずれにせよ、僕にとってはパワースポットのようである。

だからこそ「神頼み」とでも言うのだろうか。。。

神様に好かれる人でありたい

嫌われるより好かれる方がいい。それは人であろうと、動物であろうと同じ。嫌われてしまったら、運も味方してくれない。過度な努力は必要ないけど、好かれるような人間性を身につけることは大事だと思う。仕事をするにしても、嫌な人とはしたくない。例えば同じような商品を扱っている会社があれば、感じの良い人とお付き合いをしたい。嫌味っぽく言ったり、重箱の隅をつついてくるような人とは仕事をしたくないし、一緒にいたくもない。

神様も同じだと思う。「あいつなんかやだ」って思われてしまうと、見放されて、運も味方してくれなくなる。常に人格を磨き、好かれるような人になること。それは普段からの行動を変えるだけで良くなうる。愚痴を言わない、悪口言わない、貶さない、怒らない、不平不満を口にしない。たったそれだけで、人生はガラリと変わる。すぐには変わらなくても、悪い習慣をやめれば、少しずつ人生は好転していく。なによりも気が楽になる。いつもイライラしていると疲れる。イライラがなくなると、余計な疲れがなくなるから、精神的にも楽になる。

良い習慣を身に着け、運を集めよう。それが、全て上手くいく要因になると思うから。